日本展示学会の主旨

日本展示学会の主旨

名誉会長 梅棹忠夫(国立民族学博物館顧問)
現代の社会において、大衆的情報伝達方法の一種としての展示は、ますますその重要性をくわえてきている。全国各地に、博物館・美術舘 の設立があいつぎ、なお多数の施設が計画中であるという。博物館・美術舘などの文化施設にとどまらず、各種公共施設、企業、事務所などにおいても、恒久的 あるいは臨時の広報手段として、さまざまな形で展示という方法を採用せざるをえなくなってきている。
展示は、たしかに大衆的情報伝達方法の一種であり、いわゆるマス・メディアの一つである。しかし、それは印刷媒体による言語的情報伝達や、テレビ、写真 などによる映像的情報伝達とは、かなりちがった性質をもっている。展示は、言語情報、映像情報をもその内部に包含しつつ、さらに、実物による情報、実体験 による情報をもくわえて、いわば五感すべてによる体験情報をあたえるものである。
マス・メディアによる情報伝達が、しばしぼ情報の一方的配達となり、情報のながれが一方交通的となりやすいのに対して、展示においては、情報のうけ手が みずから体をはこんで積極的に参加するという側面があり、そこには、みるものとみせるもの、みるものとみられるものとのあいだに、双方向的な対話と相互作 用が成立する。
このように、展示は、各種のメディアを内部にふくむ総合的なメディアであり、しかも、その結果、コミュニケーション手段としてさまざまな特異性をそなえ ているものといわなければならない。
博物館そのほかでの、展示実現の機会が増大するにつれて、この展示というメディアのもつ特性はしだいに認識され、その効果をいっそう大ならしめるための 各種の技術も、いちじるしく向上してきた。展示関係者の数も増加し、各種の経験もそれぞれ個別的にはある程度の蓄積がおこなわれてきたといえよう。
しかしながら、それらの個人的経験は、相互の交流、情報の交換もほとんどおこなわれないために、その知識は普遍化、体系化されることがない。また、科学 技術の進歩にともない、展示もまたさまざまな技術革新の時をむかえているが、それに十分対応できるだけの準備も心もとない。それのみならず、社会における 市民の意識の変化に対応して、展示そのものの基本思想も変革をせまられつつあるが、それに対する十分な用意もない。
このような状況のなかで、展示という情報伝達方法の格段の進歩・発展をはかるために、その理論、その技術の学問的研究を促進し、その情報の交流をはかる べきであるという意見が、展示関係者のなかで、各方面できかれるようになった。このような意欲のたかまりの上にたって、展示の学術的研究を目ざす団体とし て、日本展示学会の結成を提唱したい。
展示学は、もとより展示という情報伝達方法をより効果あらしめるための技術学である。あるいは、広義の工学の一種ともいえるであろう。しかしながら、そ の研究対象として想定される分野は、せまい意味での技術研究にとどまるものではない。展示場の構成、展示機器の開発などのハードウェアの研究はいうまでも ないが、それとともに、情報伝達のためのシナリオ作成法などのソフトウェアの研究もまた、きわめて重要である。
さらに、そのような技術論をこえて、展示をめぐる記号論的考察、社会心理学的、教育学的研究など、展示に関する理論的研究もおおいにすすめられなければ ならないであろう。展示学は、それらのおおくの学問分野にまたがる学際的研究領域として、発展をとげることを期待したい。